
毎日暮らしてると、いろんなモヤモヤが湧いてきますよね。
例えば、
夫に対して
「もっとこういう風にしてほしいのに」とか、
職場の人に
「私の仕事ぶりどう思われてるんだろう…」とか、
子供に対して
「ちょっとYouTube見過ぎじゃない?」とか。
これらに共通しているのは、
「相手のこと」に意識が向いていること。
もちろん、それが悪いことではないし、
私もしょっちゅうモヤモヤします。笑
これを「自分ごと」として捉えたらどうなるか
ですが、これを「自分ごと」として捉えたらどうなるか。
夫に対しては、もしかすると
- 自分が頑張りすぎているかも
- テレパシーを過信しているかも
- かわいく甘えてみる、という選択もある?
といった気付きがわいたり。
職場の人に対しても、気にしいさんであれば何も手を抜いてるわけではなく、頑張っていて今の状況なはず。
であるなら、
- 自分のできることをやりながら、少しずつできることを増やす
- わからないところがあれば聞く
- 勇気を出して、教えてもらう
のように、腰を据えてやっていこうと心が落ち着くかもしれません。
YouTube見過ぎじゃない?は、
- 自分もスマホを触っている
- そりゃ、見たくなる仕組みだよね
- やめさせて自分が遊びに付き合うのもちょっとおっくう 笑
みたいな本音が見えてくるのが、私のあるあるです。笑
「自分ごと」にする方が圧倒的に自分で舵をとれる
もちろん、
「全部お前のせい!」という話ではなくて。笑
ただ、
「自分にできること」へ視点を戻すと、
少し呼吸しやすくなる感じがあるというか
「自分ごと」にする方が圧倒的に自分で舵をとれるんです。
自分ではどうにもならないって、
ものすごく無力感がありますよね。
頭ではそう思ってなくても、体感はそうなります。
「自分ごと」にしたからといって、すぐ現実が変わるわけじゃないけど
この、ふっと手綱をにぎるような感覚こそが大事で。
「自分で選んでいけるんだな」
「自分が何かしたら現実って変わるんだ」
その貯金がたまると、毎日は思ったよりも大きく変わり始めます。
モヤモヤはしょっちゅう訪れますけど、
その滞在時間や鬱屈とした空気は減るにこしたことないですから😊
最近のモヤモヤの中で、
「相手の問題」ではなく
「自分が握れるハンドル」があるとしたら、何だろう?
そんな視点で見てみると、
少し景色が変わるかもしれません。



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