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「自分を知る」前提をまちがうと地獄

今日のタイトルはちょっと強めなんですが、とっても大事なことなのでシェアします。

「自分を知る」の前提をまちがえるとはどういうことかというと、

それは

正解があることが前提になっている

です。

はっきり結論から言ってしまうと、正解はありません

これ、思ってしまうのも無理はないですし、私も完全にそう思っていました。

今、海外から講座を受けてくださってる方も数名いらっしゃるんですが、外へ出てみて日本の国民性に気付いたとおっしゃるんですよね。

教育環境、国民性って本当に根強くて。

最近の子どもたちは少しは変わってきているかもしれませんが、

昔の教育では必ず「正解」があるという前提でしたよね。

文章題で「みかん3つと、りんご4つ、合わせて何個?」だったら、4+3は順番が逆だからとバツにされたり、

「クラスみんなと仲良くしましょう」「明るく元気にごあいさつ」が正解で、控えめでシャイな子は頑張らないといけないだとか。

でも、それって日本ではそれが正解としていただけですよね。

じゃあ、「自分を知る」に正解はあるでしょうか。

仮にあったらいいけど、じゃあ正解と誰が決めるんでしょうか。

自分しかいないですよね。笑

もちろん自分が「これが正解」と定義すれば決めることもできるけど、正解があるはずと探しに行ってる時点でたどり着けることはありません。

存在しない正解を追い続けるということは?抜け出ることのないループにハマってしまうというわけです。

目次

あえて飛び込んでいく自分もアイデンティティ

例えば、やってみてしんどいかもしれない、合わないかもしれない。

それでもやりたいのが私

これも立派なアイデンティティなんです。

やってみた、疲れた
やってみた、合わなかった

それでいい
だって、それが私とわかっててやっているんだから完全自由✨

それをやめたいのなら、合わないかもしれないことを今は私はやらない、自分で決めるのです。

やりたくてやったのなら、合わなかったからって後悔する必要はまったくないんですよー。

過去の生徒さんで、ご自身の好奇心旺盛さを短所だと感じている方がいらっしゃいました。移り気で飽きっぽいのはダメだよな、と。

でも、「続くか続かないか、本当に好きか好きじゃないかわからないけど、やってみたくなったらやってみるが私なんだ

そのアイデンティティを受け入れられてからは、とっても楽しそうです😊

自分軸とは正解を知ってることではなくて、どんなことも「やりたくて私はやってる」って自分で決められることだと思うんですよね。

価値観は正解をたたき出す公式ではない

私が提供している講座Fit Me プログラムでは、価値観の拾い上げをていねいにやっていきます。

自分の価値観がわかると毎日の中での取捨選択がしやすくなるのは事実。

でも、自分軸(=価値観)を見つけることは間違わないためじゃない、効率のためじゃないのです。

ちょっと考えてみてください。

何でも効率MAXで最短ルート、間違いなしとわかりきってる完全に予測可能な人生って楽しいでしょうか?

平穏という意味ではよさそうですが、ゲームで考えるとわかりますが面白みはまったくありませんよね。

「自分を知る」の前提を、正解を探す→合う合わないに関わらずやってみることに迷わなくなる、選んだものに後悔しなくなるにシフトする。

こちらの方が、よっぽど現実的で視界がひらけます。

ときにはあえて合わないことをやってみるのもいいんですよ。

やっぱり合わなかったよね、てへ。
でも、今回はどうしても試してみたかったんだもんね

といった感じに。

正解を探そうとせずグレーなところはお試しお試ししてくうちに、自分の価値観(=大事にしたいもの)があとから浮き上がってきますよ。

公式あてはめて、はい!正解これ!とならない毎日を、五感をフル回転させて味わいたいですね。

そのためにも、お互いにぜひ小さなアウトプット(伝える、動くなど)を日々重ねていきましょう。

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